辻仁成『目下の恋人』
かつて辻仁成は私が好きな作家の十指に入る作家でした。エコーズというバンド時代からアルバムを聴いていたし、オールナイトニッポンもよく聴いていました。初期の小説は何度も読み返したのを覚えています。
しかし、最近の作品はどうしたことか、あまり私の琴線には触れなくなってしまいました。昔の作品にあった「生の本質」を見極めようとする文章が感じられなくなってきているのです。
辻仁成初の恋愛短編集『目下の恋人』は、1998 年から 2001年にわたって書かれた短編小説8編に、書き下ろし2編を加えて 2002年1月に単行本として刊行されたもので、このたび文庫本になったのでようやく読んでみました。
恋愛短編集とはいうものの、出てくるものは不倫や浮気、愛人といったテーマが多く、また暴力も一つのテーマとなっているものの、昔のように「生」に対するものでなく「性」に対する執着が感じられてしまいます。著者はニューヨークに住んでいたこともあり、ニューヨークを舞台にした作品のみならず、911 テロを扱った作品が2作あることから、911 が著者に大きな影響を与えたことがわかります。
辻仁成は2000年3月に南果歩と離婚し、2002年に中山美穂と再婚します。そういう意味では、この時期に書かれた短編集の意味もおのずと変わってきます。テロと作家の離婚の問題を同時進行で描いた『君と僕のあいだにある』『愛という名の報復』は、深読みすれば面白いかもしれません。また『好青年』は後に同じ登場人物、ストーリーをベースに、長編小説『サヨナライツカ』へと発展する作品です。
不倫などを題材にしているため、読後感の悪い作品も多いのですが、表題作『目下の恋人』は、例外的に青春を感じさせる、純粋さが気持ちの良い作品でした。帯に書かれた一瞬が永遠になるものが恋い 永遠が一瞬になるものが愛
という言葉も『目下の恋人』に出てくる台詞で、ここにすべてが詰まっているという気がしました。
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