紙の本をスキャンしてPDF化しただけで電子書籍とか言って欲しくない
asahi.com(朝日新聞社):蔵書をバラしてPDFに 「自力で電子書籍」派、増える
iPad の登場以降、日本でもようやく電子書籍ブームが到来してる。けれど、それと書籍のPDF化は別の話。本を裁断機にかけバラしてドキュメントスキャナでPDFにまとめ上げるというのは、iPad が出る以前からやっていた人はいたわけで。もちろん PDF を見るのが、パソコンからiPad に代わり、相性がよくなったというだけのこと。
これを「電子書籍」などと称されて間違ったイメージが作られてしまうと、電子書籍・電子出版の未来に暗雲が立ちこめてしまう。電子書籍の可能性はこんな程度のものではないのだから。
どんな情報システムでも、紙をそのまま画面上に「電子化」しただけものは大抵失敗する。電子化のメリットを活かせていないからだ。たとえば「電子カルテ」を、医師が記入する紙カルテをパソコンの画面に置き換えたものだと思っている人もいる。しかし、それでは電子カルテのメリットがまったく活かされていない。
電子カルテが紙カルテにくらべて優れているところは枚挙にいとまがない。文字が読みやすいとか、過去のカルテを検索できるだけではない。各種検査システムと連携してCTの画像や心電図の波形などをすぐに参照できるのもそう。複数のスタッフが同時に一つのカルテを見たり書いたりすることもできるのも電子カルテならではだ。
さらに誤投薬の防止や禁忌薬の警告なども(システムが適切に機能すれば)安全性にも寄与するし、電子カルテのデータベースを活かして統計的な情報を得ることもできる。そういったことを知れば、紙を電子化しただけの電子カルテは考えられない。
話がそれたけど、紙をスキャンして画像として電子化されただけでは電子書籍のメリットは活かされない。たとえばテキストデータが含まれていれば、正確に検索できるのはもちろん、音声読み上げや、ユーザ側でのフォントの変更、文字サイズ変更時の再レイアウトなどに利用できる。
スキャナには OCR 機能が付いているよ、と言う人もいるだろうし、もちろん知っている。しかし精度が向上しているとはいえ、まだまだ。雑誌の写真を背景にしたタイトル文字などは OCR ではまず認識されないし、表などでもうまくいかないことが多い。現状は健常者が補助的な検索に使う程度だからなんとかなっている程度。
ではどういう姿が電子書籍のあるべき姿なのか。たとえば海外の技術書の電子書籍には、辞書が内蔵されているものがある。わからない単語はその場で辞書をひけるのだ。また、紙の本では注釈は章末にまとまっている場合でも、電子書籍ではそのような制約を引き継ぐ必要はない。その場で注釈を参照できればよい。
引用箇所や参考文献があればその本のデータにそのまま飛べばいいし、参考文献が URI で示されていればブラウザで開けるようにすればよい。正誤表もいちいち参照する必要なく、自動的にアップデートが適用されるようになるかもしれない。
特に文字の大きさを変更したときに、テキストがリフローされて業がはみ出したりしないことは重要だと思う。iPad 向けに最適にレイアウトされたものが、iPhone サイズで快適に読めるとは限らないだろう。
最近ある展示会で iPad を使った問診入力システムが紹介されていたが、ピンチ動作で文字を拡大すると文章が左右にはみ出てしまい、ドラッグしないと文章が見渡せないという何とも使えないシロモノだった。患者にそんなことをさせるのか。文字が大きくなったら一行の文字数が自動的に少なくなればいいだけのこと。
ここまで読むと電子書籍のあるべき姿とはウェブと似ていると思ったあなたは鋭い。おそらく電子書籍の将来はウェブとの境界が曖昧になってくると思う。実際、電子書籍のフォーマットである EPUB は XHTML と CSS3 が元になっている。いずれ書籍の中で動画再生も当たり前になり、インタラクティブな動作をしたりするようになると思う。
EPUB はオープン標準フォーマットであり、リフロー可能(reflowable)なフォーマットだ。しかし、現状では EPUB は縦書きに対応していないし、ルビや縦中横・傍点といった日本語表現にも対応していない。そのため縦書きの日本語書籍の電子化には、独自規格が用いられている。
こうして見ると、ウェブの初期に各ブラウザが独自規格を展開して整合性が取れなくなったことや、DTP デザイナーがウェブデザインに参入してきて紙のイメージでテーブルレイアウトやフォントサイズ固定などのサイトを量産したときと、状況は同じではないかと思う。
いまの電子書籍は「○○ブラウザ推奨」「フォントサイズは○で閲覧してください」などと表示していたウェブ初期の姿に似ている。当時はウェブサイトの「文字を全て画像化してコピーペーストを防ぐ」という方法すらまともに紹介されていたこともあったのだ。
電子書籍の作り手はそのような失敗を繰り返さず、標準化準拠とグラフィックデザインよりもユニバーサルデザインを初めから念頭に置いていて欲しいと思っている。だからスキャンしてPDF化したファイルは便利であるが、「電子書籍」とは呼びたくないのである。
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